いまを生きる

いまを生きる


"ドンッ"

衝撃は来たが痛みは特に感じなかった。

 

二〇二六年二月三日、骨が折れた。

26歳。いや、あと2週間で27歳だった。人生で初めて骨折を経験した。

 

右手第五指(小指)中手骨頸部骨折、別名"ボクサー骨折"要するに殴るもしくは転けて手を握ったまま地面につくと骨が折れる。

痛みはそれほどなかったが即手術で右手の側面に2本ピンが入り、約5週間右手が使えない生活を余儀なくされ現在も進行形だ。

 

13年間サッカーをしていた当時、ぶつかればすぐに吹き飛ばされるほど細かったが骨折をしたことはなく、四肢全て異常があったことはなかった。

いま現在もすこぶる健康体だが、27歳にして右手が使えない。

ご飯を食べるのも携帯を触ることも、服をかけることさえも普通に出来ない。これほど不便でストレスの溜まることはこれ以上ないような気がする。右手の小指がうずく。

当たり前のことに感謝はしない。そのせいか当たり前を失ったときに幸せだったと気づく。

 

アラスカを生きた写真家、星野道夫がこう綴っていた。

 

”マイナス五〇度にもなる冬があるからこそ、かすかな春の訪れに感謝し、夏の光をしっかり受け止め、つかのまの美しい秋を惜しむことができる”

 

日本で生まれ、当たり前のように四季がありそれに感謝したことなどなかったが、これを読んだとき当たり前とは一体何なのだろうかと考えた。

 

右手を使えずストレスだったことがいまは当たり前になり、左手を使うことにだんだんと慣れている。怖いほど環境に慣れ順応している。まさにこういうことだった。

環境に慣れて当たり前となっていく。だからこそ"いまを生きる"ことが大事で、その出来事を惜しみ感謝することができると思う。

 

食べること、寝ること、歩くこと、走ること、手、足、指を使い大地を感じること。

全ては"いまを生きる"からこそ当たり前なのだ。




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